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鹿児島県上野原縄文の森

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火山灰層から年代がわかる

現在,私達が暮らしている鹿児島は,日本でも有数の火山地帯で,北から霧島・姶良カルデラ・桜島・阿多カルデラ・池田カルデラ・開聞岳・鬼界カルデラ・硫黄島などのたくさんの火山があります。これらの火山は縄文時代にも活発な火山活動を繰り返していました。これらの火山の噴火は,かつて鹿児島に住んでいた縄文人たちにどんな影響を与えたのでしょうか?

遺跡の発掘調査では,発掘する遺跡がいつの時期に,どんな人々がどういった生活をしていたのかを調査します。その『いつの時期』にという謎を説き明かす鍵をにぎっているのが火山灰層なのです。この火山活動による噴出物は考古学における研究の中で大変重要な役割を持っています。

野外で観察される一枚一枚の火山灰層は一回の火山噴火によって降灰し堆積したもので,火山活動の貴重な記録です。ひとつの露頭において下位のものほど古く,上位に重なる層ほど新しい時代に堆積したものです。その重要性から,ときに火山灰層のことを『鍵層』と呼んだりもします。

この火山灰層(鍵層)は,短時間のうちに広い範囲に堆積するという特徴を持っているので,地層に時間を刻む時計の役割を持っています.これを利用して,遺跡の年代を知ることができます。たとえば上野原遺跡では,桜島の噴火(約10,600年前)による火山灰層(桜島P13)が遺跡を覆っていることから,遺跡の年代が約10,600年であることがわかりました。

上野原遺跡の地層断面模式図

  地層の説明 年代 噴出した火山・火口
1層 1.発掘調査後の埋め土
 4,200年前から現代にいたる地層は
 ここでは見ることができません
   
   
   
2層 2.桜島から噴出した火山灰の層 5,600年前 桜島
3層 3.アカホヤの上に形成された腐植土層    
4層 4.アカホヤ(鬼界カルデラから噴出した火山灰や軽石の層) 7,300年前 鬼界カルデラ
5層 5.上野原遺跡の耳飾り・土偶・土器などの出土層 8,600年前  
6層 6.上野原遺跡の縄文時代早期中葉の土器が見つかった層 9,600年前  
7層 7.上野原遺跡の10,600年前の竪穴住居跡や連穴土抗
 土器などが見つかった層
10,600年前  
8層 8.桜島テフラ(桜島から噴出した火山灰や軽石の層) 12,800年前 桜島
9層 9.学術的にまだ解明されてない地層 腐植土層    
10層 10.学術的にまだ解明されてない地層    
11層 11.桜島から噴出した軽石の層の上に形成された腐植土層

24,000~
2,600年前

 
12層 12.桜島から噴出した軽石の層 風化して赤くなっています   桜島
13層
14層
15層
13.姶良カルデラから噴出した火砕流の堆積物
入戸火砕流堆積物(シラス)と呼ばれています
上部は軽石が多く含まれ,下部は礫が多くなります

26,000~
29,000年前

姶良カルデラ

上野原遺跡に降り積もった火山灰等が噴出した火山や火口

鹿児島の遺跡とテフラ

鹿児島ではほとんどの遺跡でテフラ(火山灰や軽石など)を見ることが出来ます。

上野原遺跡

上野原遺跡では縄文時代早期の竪穴住居跡の中から,約10,600年前の火山灰が一面に広がっているのが発見されたことで,この遺跡は今から約10,600年前の国内では最古・最大級の定住した集落であることがわかりました。この約10,600年前の火山灰は桜島火山か噴火してたまったもので別名P13と呼ばれています。このPとはPumice(軽石)の略で13とは上から数えて13番目に噴火したことを表しています。遺構を火山灰がきれいに覆っている数少ない遺跡です。

橋牟礼川遺跡

今から約7,300年前に鬼界カルデラから噴出したアカホヤ火山灰は県内全土はもちろんのこと,遠くは東北地方や朝鮮半島まで分布しています。このことからもこの噴火の大きさが想像できるでしょう。この噴火は当時南九州に暮らしていた人々に壊滅的な被害を与えました。この火山灰の上位と下位では出土する遺物が異なるので,縄文時代の早期と前期を分ける大事な層として発掘に大変役立っています。