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縄文のファッション

華やかな装い

全国から出土する土偶などの様子から,縄文人はかなりおしゃれだったのではないかと考えられています。髪にはかんざし,耳にはピアスやイヤリング,首や腰にはネックレスなどの垂飾り,そして手首にはブレスレッドといったように,動物の骨や角,石やガラス玉や粘土などでこしらえた数々のアクセサリーを身につけていたと考えられています。
縄文時代のアクセサリーは魔よけの意味もあったようですが,アクセサリーを身につけるという風習が,もうすでにこの時代からあったことがわかります。
青森県の三内丸山遺跡では,縄文ポシェットとよばれる網カゴなどが発見されています。イグサ科の植物を使って編まれたこのポシェットの中には,クルミの実が入っていました。また,ほかの遺跡からも赤い漆を塗ったクシやかんざし,粘土を焼いた耳飾りなども見つかっています。
縄文時代の人々はカラムシなどの植物の繊維を取り出して,それを縦横に編んだ,目の粗い布を着用していたと考えられています。出土した装飾品との関連性から,上着と下着は繋がっていたようです。そこで男女とも布を頭からかぶり,紐などで腰をしばっていたと考えられています。また,獲物の毛皮で防寒をしていたこともあったでしょう。

【写真上 大坪遺跡(出水市)出土の玉類 / 写真下 せん状耳飾り】

様々な風習

縄文時代には,アクセサリーのほかにも,直接自分の体に刻みをつけるような装飾もおこなわれました。
抜歯は縄文時代に始まった風習です。 抜歯とは健康な前歯を抜き取るもので,およそ15才前後以上の人骨に多くみられることから,成人式や結婚の儀礼のためにおこなわれたとと考えられています。また,身分の違いを表すためとの見方もあります。

抜かれる歯は通常上顎の二本の犬歯ですが,下顎の前歯二本も抜かれたり,或いは下顎の切歯四本のケースなど何本もの抜歯がみられる個体もあります。 また,見つかった土偶より,刺青もおこなわれていたことが想定されています。刺青は口の周りや頬のあたりになされていました。おまじないや身分をあらわすものだったのでしょうか。

【図 抜歯の痕(黒い部分)がある頭蓋骨の模式図】

ファッションをめぐる交流

勾玉や大珠として縄文人の胸元を飾った翡翠は,その色と堅さで古くから多くの人々を魅了してきました。その美しさは,実は途方もない力によって生まれるのです。
東市来町の市ノ原遺跡で出土した翡翠の原産地は,科学分析の結果,新潟県の糸魚川のものであることが判明しました。遥か彼方雪深い北国の地から,遠く南に離れた鹿児島の地まで運ばれてきたのです。
【写真 翡翠の首飾り】

糸魚川の奥の山脈は地殻の変動によってその身を軋(きし)ませます。軋みは熱と圧力を産みます。圧力は多くの蛇紋岩を産み,その一部が更なる圧力によって翡翠となるのです。翡翠は極めて稀な環境から生み出される鉱物と言えます。

翡翠は糸魚川(新潟)のほかでは,日高(北海道)・飛騨(岐阜)などで産出されるだけです。しかしこの希少な翡翠は,日本各地の遺跡で見つかっています。

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