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南の縄文調査室から平成25年4月

  • 平成25年4月18日(木)
  •   企画展潜入リポート 〜まもなく第36回の企画展が始まります〜 
  •   みなさんこんにちは,リポーターのタマリです。ここは,上野原縄文の森展示館の企画展示室です。ただいま,縄文の森の職員が(あわ)ただしく企画展の準備を行っています。わたしは,この準備作業に関係者を(よそお)って潜入(せんにゅう)中です。今回は,19日から始まる企画展「巨大噴火と共に生きた人々」の直前情報をお届けしたいと思います。
     まず,展示室に入ると,いきなり大きな日本地図が飛び込んできます。近くに3D眼鏡(めがね)が置いてありますので,どうやら立体地図のようです。いったい何が浮き上がってくるのでしょうか。左側の壁には,桜島大正噴火の模様を写した写真が展示されています。刻一刻(こくいっこく)と姿を変える100年前の桜島の姿がカメラにおさめられています。正面には大正噴火で埋まった古道の(はぎ)ぎ取り資料がどーんと展示されています。幅3mはあろうかと思われる道跡が大正噴火の火山灰で埋まっています。
     奥の方に進んでみましょう。ウォールケース内にはおびただしい数の土器が展示されています。巨大噴火によって埋められた土器が年代順に並べられています。約38,000年前の種Ⅲ(たね さん)火山灰噴出から大正噴火までの火山活動とそれらの時代を生きた人々の(いとな)みを,石器や土器の変遷(へんせん)で紹介しようという意欲的な展示です。「巨大噴火」のタイトルに()じないスケールの大きさです。
     室内をぐるっと見回してみましょう。壁には高さが優に3mを超える大きな地層剥ぎ取り資料が2つ。滅多(めった)にみることのできない実際の地中の様子を間近にみることができます。河口コレクションの火山関係資料も同時開催される模様です。2つの大きな軽石製の陰陽石(いんようせき)がひときわ目を引きます。
     おっと,学芸員が近づいてきました。見つかってしまったようです。今回の潜入リポートはここまです。すべてをお伝えできなかったのがで残念ですが,今回の企画展も見どころ満載(まんさい)のようです。
     以上,現場から,リポーターのタマリがお伝えしました。
     それでは,スタジオにお返します。
         
     立体写真です。3D眼鏡でどうぞ。 さしずめ現代の週刊誌でしょうか。   下原遺跡(志布志市)の資料です。
         
     鹿児島の火山史が一望できます。  巨大な地層の剥ぎ取り資料です。  河口コレクションも同時公開です。
     
  • 平成25年4月23日(火)
  • 奄美復帰(あまみふっき)60年に思いをよせて… ~初出土から75年の市来式土器(いちきしきどき)を展示中~
  •   写真の土器は,いちき串木野市の市来貝塚(かいづか)から初めて出土したので,「市来式土器」と命名(めいめい)されました。今からちょうど75年前のことです。この市来式土器は縄文時代後期(約3,500年前)に九州南部で作られた土器ですが,奄美群島(ぐんとう)沖縄県(おきなわけん)でも数多く出土しています。このことは,縄文時代から本土(ほんど)南西諸島(なんせいしょとう)の人々の間に交流があった(あかし)です。
     土器の赤い地肌が,南西諸島のサトウキビ畑の土の色を(おも)わせるのは,私だけでしょうか?縄文の(はる)か昔から人々の結びつきは現代まで脈々(みゃくみゃく)と受け継がれてきています。奄美群島本土復帰60年の今年,一時期とはいえ占領下(せんりょうか)に置かれた奄美の人々に思いをはせながら,この赤い市来式土器を選んでみました。