鹿児島市冷水町にある薩摩焼の窯跡です。窯が開かれたのは、薩摩藩初代藩主である島津家久が鹿児島城に移城した際
の元和6(1620)年頃とされています。
昭和53(1978)年に発掘調査が実施され、窯跡1基と物原2か所が確認されています。
窯は、平面全長14.48mの連房式登窯で、7つの室などで構成されていました。また、物原と呼ばれる場所からは、大量の陶器片や窯道具が出土しています。
この調査は、これまで美術史上で語られることが多かった薩摩焼を考古学上の視点から捉え直すきっかけとなりました。その後、薩摩焼の研究が進み再整理の必要性が高まる中、平成25(2013)年に作業を実施した結果、型打ち製品の様相が明らかとなりました。
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