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住居と高床倉庫のセット関係:ケブラノ前遺跡(喜界町)

古代の喜界島は、日本本土との関係が深いとされています。国指定の城久(ぐすく)遺跡群は9世紀頃から始まる遺跡ですが、本土と同様な土師器(はじき)が煮炊(にた)きに使われていたことが分かっています。ケブラノ前遺跡では、この城久遺跡群と同じ9世紀頃から10世紀頃までの掘立柱建物(ほったてばしらたてもの)という、地面に穴を掘り、その穴に柱を立ててつくる建物の跡が17軒分見つかっています。これらの建物跡は、柱の数が多い住居跡と考えられるものと、4本柱で倉庫跡と考えられるものが、同じ方角を向いて隣接して見つかっています。

これは、住居と高床倉庫がセットで建てられていたものと考えられます。琉球列島では農耕は11世紀頃から営まれています。喜界島は日本本土との関係が深いため、他の島に先行して農耕が始まったのではないかとされており、農産物を収納するための高床倉庫の存在は、それを裏付けているのではないかと考えています。

 

住居と考えられる掘立柱建物跡柱穴

倉庫跡と考えられる柱穴