- 縄文の風 かごしま考古ガイダンス
第30回 考古学と周辺科学 - ■土は情報の宝庫■
- 日本最古最大級の定住集落が発見された上野原台地では,実にさまざまなものが出土しました。台地の南側で発掘された大量の土器の中には,縄文時代の早い時期としては珍しい壺(つぼ)形の完全な土器もあります。
ほかにも土偶(どぐう),矢じり,石斧(いしおの)などや赤く塗られた耳飾りも出土しています。これらはクワや移植ゴテ・竹ベラ等を用いて掘り出したものです。
【写真 壷の謎に科学の眼で迫る!?(上野原遺跡 霧島市)】
- 遺跡によっては掘った土をフルイにかけることがあります。すると細かな石器やそれを作った際のかけらが見つかることがあります。そのままでは気付かれずに捨てられてしまったものが,細かな目のフルイにかけることで発見できるのです。その目をもっと細かくしたらどうでしょう。ルーペや顕微鏡で,もっと細かく土の中を調べてみたらどうでしょう。土は情報の宝庫なのです。
- ■ミクロの考古学■
- それでは,実際に遺跡の土の中にどのようなものが含まれ,それからどんなことがわかるのか,ミクロの旅に御案内しましょう。体を縮めて小さな小さなミクロの人間になって土の中にもぐり込むと・・・。
『よいしょよいしょ。さっきまで砂粒だったのに,ミクロになると大きな岩だな。
すき間は狭いから気をつけて。 - 【写真 弥生時代の地層から検出されたイネのプラントオパール(上野原遺跡)】
- おや茶色の丸いものが見えてきたぞ。大きな木の実みたいだな。その奥には,きれいな緑色に光るものもある。あっ痛い,白く尖ったものがあったぞ。なんだこりゃ,マンモスの牙かな。こっちにはガラスのかけらみたいなのがあるぞ・・・』
- さてこれらは一体何でしょう。実際には遺跡の土を水に溶かし,上澄み液をガーゼで漉(こ)すと,土の中のごく小さなものも取り出すことができます。これらをルーペや顕微鏡で調べるのです。
大きな木の実に見えたのは1ミリ程のヒエの種子,緑色に光るのはコガネムシの死骸,マンモスの牙と思ったものは小さな魚の骨。ほかにも花粉やケイソウの化石(プラントオパ-ル)などが見つかることもあります。ほんとうにいろいろなものが残っていて驚きます。 - 【写真 平安時代の地層から出土した「ノコギリクワガタ」の頭部(小倉畑遺跡 姶良町)】
- それらの植物や甲虫の種類を調べ,どんな気候で生育しどんな環境を好むのかということから,当時の気候や環境などが推定できるのです。例えば愛知県の勝川遺跡では,弥生時代の地層からイネネクイハムシというイネの根を食べる甲虫の羽が見つかっています。
このことから稲作栽培開始直後の弥生時代に,すでに害虫の被害も始まっていたことがわかります。弥生人もさぞ困っていたでしょう。 - しかし鹿児島の場合,ほとんどの遺跡が火山灰に覆われている酸性土壌です。そのことが災いして残念ながらこれら古い時代の植物や骨などは腐ってしまってその痕跡すら判断できません。そこで活躍するのが最後に出てきたプラントオパールとよばれる植物の特殊な細胞です。
これはガラス質のため腐ることはありません。また人間の指紋のように,植物の種類によってそれぞれが特徴ある形をしています。そこで,遺跡の地層に含まれるその種類や量を調べることで,当時どんな植物がどのくらい生えていたかを推定できるのです。
上野原遺跡の分析の結果によると,集落が発見された約9,500年前の地層からはクマザサやブナ・コナラなどの落葉樹の類が多く見つかり,冷涼な気候だったと推定されます。また壷形土器や耳飾りなどが発見された約7,500年前の層からは,クスノキなどの照葉樹のものが多く,温暖な気候になっていたと推定されています。 - ■古代に挑む文化財科学■
- このようなミクロの探検隊の強力な武器として,県立埋蔵文化財センターには電子顕微鏡が備えられています。土器に残された稲のモミの跡や,火山灰に含まれている火山ガラス,石器に残された細かな傷あとの観察などに用いられています。成分の分析もでき,古代に使われた赤い色(ベンガラや水銀朱)の分析などに活躍しています。
- 【写真 電子顕微鏡でミクロの世界へ(埋蔵文化財センター 精密分析室)】
- ほかにも最新の科学技術を応用して,古代の生活を解明する試みが文化財科学という学問分野として発展しつつあります。今後各分野の研究が進み,その成果と知恵を集めれば,もっともっといろいろなことがわかってくるでしょう。未来の発掘調査では,掘り出されたすべての土を分析機械に通すことになるかもしれません。
- ここで上野原遺跡の壷の中ものぞいてみましょう。壷の中には何が入っていたのでしょうか。壷の用途は何だったのか,壷の中の土で脂肪酸分析(しぼうさんぶんせき)やリン酸分析を行いましたが,骨などの分析結果は出ませんでした。
将来,科学が進歩して新しい分析法が開発されたとき,謎は解けるかもしれません。しかし「全部わかってしまったんじゃ,古代のロマンがなくなっちゃうよ」と,上野原縄文人の笑い声が聞こえてくるようです。 - ■保存処理の必要性■
- 発掘調査で出土する遺物には土器や石器だけでなく,木器や金属器とその材質は様々です。本県ではこれまで木器や金属器の出土例は少なかったのですが,近年の発掘調査で増加しつつあります。
例えば川内市楠元遺跡からは木製の農具や建築材,あるいは鹿屋市根木原遺跡からは鉄剣や鉄鏃(てつぞく)などが出土しています。
- 【写真 慎重に鉄の剣のサビを取る(埋蔵文化財センター 鉄器処理室)】
- しかしながらこのような木器や金属器は,このまま放置しておくとサビついたり腐ったりして,原形をとどめないくらいにボロボロに劣化してしまいます。これら貴重な文化財を化学的処理によって遺物の価値を保ち,後世に伝えるように保存活用するのが保存科学という分野です。
- ■後世に残すために■
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サビに覆われた鉄製品
X線写真
鉄剣などはサビ取り後,その原因となる塩化物イオンを除去する脱塩処理を施し,樹脂(じゅし)で強化したり,必要に応じて欠けた部分を補ったりします。博物館で展示してある遺物は,このような保存処理が施されているのです。 - 【※上写真 X線写真からサビの塊は「鈴」と判明,サビ取りの結果鈴は古代の音色を奏でた】
- 保存科学という言葉が使われ始めたのは,30年にも満たないごく最近のことです。当初は技術的にも未熟で,サビをペンチで強引に除去して鉄器そのものを傷つけたり,木製品が腐らないようにと有害なホルマリン溶液に浸したりしてと,現在では考えられないような処理がなされていました。
- 遺物を後世に残すための試行錯誤は,保存科学の分野が確立した今でも続けられています。再処理可能な薬品の使用や技術の開発,自然や人体に害のない薬品や設備への切替え等の改良・改善を重ねながら,日々成長し進歩しているのです。
- (文責)大久保 浩二・鷲尾 史子