- 縄文の風 かごしま考古ガイダンス
第38回 福山城ヶ尾遺跡 ~壺に秘められた思い~ - ■7,500年前の壺,姿を現す■
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壺A出土状況
壺B出土状況
壺C出土状況 - 「これは何かある。」直感的にそう感じました。
東回り自動車道建設に伴なう福山城ケ尾遺跡の発掘調査でのできごとです。
緊張しながら移植ゴテで掘り下げていくと,深鉢形の土器が完全な形で姿を現しました。驚く間もなく,その約7m東側の地点で,深鉢とは大きさの異なる小円形の口をした土器が顔を出しました。頸(くび)の部分は末広がりとなっています。まさかと思いながら掘り下げると,丸い胴部が現れました。まぎれもなく壺形の土器です。 - 【写真 福山城ケ尾遺跡全景】
- それだけではありません。調査が進むにつれ,さらに1つ,また1つと壺が見つかりました。最終的には,深鉢1個と壺3個がほぼ完全な形で出土しました。
- ■高度な製作技術■
- 発見された深鉢と3個の壺は塞ノ神(せのかん)式土器と呼ばれています。約7,400年前に作られた土器です。
これらの壺はたいへん精巧に作られており,その製作技術の高さには目を見張るものがあります。3個とも上から見ると胴の部分は楕円形を呈し,側面は,中心線を引くと左右が対称になっています。そのズレはすべて1cm以内です。相当熟練した者が作らなければこうはいかないでしょう。
これまで発見された塞ノ神式土器はほとんどが深鉢でした。壺が存在することは知られてはいましたが,完全な状態で発見されたのは初めてで,極めてめずらしいことでした。
これらの壺は縄文人が何か特別な思いを込めて作り,残したものに違いありません。 - 【写真 深鉢出土状況】
- ■壺の出現と消滅■
- 元来,縄文時代に壺は存在しないとされていました。ところが九州南部では,縄文時代の早期,約8,000年前に突如として出現し,異彩を放っています。しかしそれは7,400年前頃に忽然と消えてしまいます。
次に現れるのは4,000年ほどたった縄文時代後期で,その初めと終わり頃に断続的に現れ,また消えてしまいます。その後2,500年前頃からは,稲作の開始とともに本格的に作り始められ,以後今日まで続いています。(図1参照)
こうしてみると,縄文時代には壺は現れたり消えたりすることに気づきます。 - 縄文の壺はなぜ受け継がれていかないのでしょうか。
- ■残された煤(すす)■
- これまで壺は液体や穀物などの貯蔵用とされてきました。
ところが,今回発見された3つの壺を観察すると,外側に多量の煤が付着していることから,火にかけられたものと思われます。しかし,内側に焦げなどの痕跡は認められません。
この状況からすると,単に食物の煮炊きに使ったのではなさそうです。つまり,火にかけて使用したが,壺の中にはこげつかないようなものを入れていたということになります。また,口の部分は擦り減っています。このことも壺の使用法を解明する手ががりとなりそうです。
このように,本遺跡の壺の用途は,単に貯蔵という解釈では理解できないものがあります。
縄文の壺が受け継がれないのは,その時々で壺の用途に違いがあったからなのかもしれません。 - ■埋設された土器■
- これらの深鉢と壺は,土器の大きさと同じ規模の穴に入れられ,地面すれすれに埋められていたと推定されています。何のためにそんなに丁寧に埋めたのでしょうか。土器の内部の土壌分析を試みましたが,決定的な答えは出ませんでした。そこで,発見された状況を再現してみます。
壺Bと壺Cは約3メートル離れて出土しました。さらに,それらの出土した地点から約5m離れた所で,円形の大型土坑(直径約2m,深さ約30cm)2基が発見されました。そのうち1基からは,耳栓状の土製品3点と異形石器・石鏃等が出土しています。
- 【写真 福山城ヶ尾遺跡出土遺物】
- この大型土坑は耳栓状土製品の作り方などから見て,壺と同時期のものと判断できます。住居跡か墓の可能性がありますが,現時点では明らかではありません。土坑と埋められた壺との関連を考えると,何か大切なものを近くに埋めていたとも考えられます。
いずれにせよ,壺形土器は数も少なく,貴重だったはずです。それを丁寧に埋めた縄文人の姿を想像すると,何だか彼らが遠くて近い存在のように思えてきます。 - ■おわりに■
- 福山城ケ尾遺跡のこの精巧な壺は,次の時代へとは続いて行きませんでした。それは壺を必要としなくなったためだと理解するしかありません。それまでの価値観や生活様式が大きく変わってしまった可能性もあります。
こうした現象は,縄文時代だけに限られたものではありません。現代でも文化や文化財が現れたり消えたりしています。それらを捨てるべきか取るべきか,今を生きる私たちの決断にかかっているのです。
このことが実は,壺に秘められた縄文人の最大のメッセージなのかも知れません。 - 用語解説
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耳栓状土製品
(じせんじょうどせいひん)形態は耳栓(耳飾り) と同じだが,本遺跡のものについては,用途等について解明されていないため,このような名称を用いた。 異形石器
(いけいせっき)めずらしい形をした用途不明の石器。 - (文責)藤野 義久