- 縄文の風 かごしま考古ガイダンス
第9回 南九州独特の墓制 - 地下の暗い穴の中,サーチライトの明かりのもと,人骨といっしょに横たわる一人の男がいます。上には,下の方をのぞき込みながら待っている男の人も一人いました。
「右からいくら。」「右から35センチです。」と,大きな声のやり取りが聞こえてきます。何の場面か分かるでしょうか。
これは,肝属郡吾平町にある中尾遺跡で,墓(はか)を調査しているときの場面です。墓といっても高塚墳(たかつかふん)ではなく,地下式横穴墓(ちかしきよこあなぼ)と呼ばれる古墳時代の墓です。
3世紀末から4世紀に,近畿地方を中心に土を盛り上げてつくる高塚墳と呼ばれる大きな墓が造られるようになり,5世紀までには東北から九州まで分布するようになりました。しかし,南九州では,高塚墳を造るようになるとともに,地下式横穴墓,地下式板石積石室墓(ちかしきいたいしづみせきしつぼ)という南九州独特の墓や,土坑墓(どこうぼ)という墓がつくられるようになりました。
そこで,今回はこれらの墓はどのような墓なのか,その構造や分布,副葬品(ふくそうひん)について,鹿児島県内の遺跡を通して紹介していくことにします。 - 1 中尾遺跡 吾平町
2 宮ノ上地下式横穴墓群 吾平町
3 祓川地下式横穴墓 鹿屋市
4 岡崎地下式横穴墓群 串良町
5 神領地下式横穴墓群 大崎町
6 永山地下式板石積石室墓群 吉松町
7 平田地下式板石積石室墓群 大口市
8 瀬ノ上地下式横穴墓群 大口市
9 別府原地下式板石積石室墓群 薩摩町
10 横岡地下式板石積石室墓群 川内市
11 亀ノ甲遺跡 霧島市
12 成川遺跡 山川町
13 松之尾遺跡 枕崎市
※各番号は,地図中の番号に対応 - 【地下式横穴墓・地下式板石積石室墓・土坑墓の分布】
- ■地下式横穴墓(ちかしきよこあなぼ)■
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地下式横穴墓
地下式板石積石室墓群土坑墓 - 地下式横穴墓とは,地表から竪穴を掘り,その竪穴の底から横方向に掘り進めて,玄室(げんしつ)という遺体を置く部屋を造る墓です。埋葬した後は,羨道(せんどう)という玄室の入り口を土のかたまりや軽石等でふさぎ,竪穴部を埋め戻すものです。
この地下式横穴墓は,宮崎県の一ツ瀬川流域を北限とし,宮崎平野部,宮崎県内陸部,川内川上流域部,志布志湾岸及び内陸部,熊本県人吉盆地で確認されています。 - 【写真 中尾遺跡(肝属郡吾平町)】
2号墓の玄室(中央上)と羨道(中央下)玄室には副葬品の鉄剣があり,羨道は火山灰の塊で塞いである。 - 川内川上流域部では大口市に瀬ノ上(せのうえ)遺跡などがあります。
この瀬ノ上遺跡では地下式横穴墓11基が調査されています。副葬品として,鉄剣(てっけん)・鉄鏃(てつぞく)などとともに蛇行鉄剣(だこうてっけん)という珍しいものが出土しています。 - 志布志湾岸内陸部では先に紹介した吾平町中尾遺跡などがあり,中尾遺跡では地下式横穴墓6基が確認されています。人骨が残っているものがあり,1つの玄室に3体の人骨が埋葬されたものもあります。副葬品として,金環(きんかん),鉄剣,織物の一部が付着した鈴が出土しています。
【写真 中尾遺跡(肝属郡吾平町) 6号墓の玄室内】
二体の人骨と鉄剣などの副葬品 - また,同町宮ノ上(みやのうえ)地下式横穴墓群では,玄室に軽石製の組合せ石棺をもつものが確認されています。この志布志湾岸及び内陸部では,宮ノ上地下式横穴墓群のように軽石製の組合せ石棺をもつものが見られます。さらに,鹿屋市祓川(はらいかわ)地下式横穴墓のように短甲・衝角付冑(たんこう・しょうかくつきかぶと)を副葬品としてもつものもあり,この短甲・衝角付冑は考古資料として県指定を受けています。
- ■地下式板石積石室墓(ちかしきいたいしづみせきしつぼ)■
- 地下式板石積石室墓とは,地表から竪穴を掘り,この竪穴の底に板石や扁平な河原石を使って石室(せきしつ)という部屋を造り遺体を埋葬し,その上に魚の鱗(うろこ)のように板石を積み上げて遺体を覆う墓です。最初に掘った竪穴は埋め戻されます。
【写真 別府原古墳公園(薩摩郡薩摩町)の地下式板石積石室墓】 - この地下式板石積石室墓は,熊本県天草・芦北地方や鹿児島県出水市など八代海沿岸部,熊本県の球磨川上流域部,川内川流域部,宮崎県大淀川上流部で確認されています。
- 川内川流域部では大口市に平田遺跡などがあり,この平田遺跡では長方形・多角形・円形の形の石室をもつ地下式板石積石室墓140基が確認されています。また,吉松町永山遺跡では地下式板石積石室墓の周囲に円形の周溝を巡らしているものもあります。
【写真 横岡地下式板石積石室墓群(川内市) 7号墓の石室・副葬品】 - 副葬品を見てみると,鉄剣・鉄鏃などが多いですが,川内市横岡地下式板石積石室墓群のように金環(きんかん)・冑(かぶと)・蛇行鉄剣をもつものもあります。
- ■土坑墓(どこうぼ)■
- 土坑墓とは,地面に長方形あるいは楕円形・円形の穴を掘り,そこに遺体を埋葬する墓です。薩摩半島南部と錦江湾沿岸部の一部で確認されています。
薩摩半島南部では揖宿郡山川町に成川遺跡があり,1.5ヘクタールほどの広さに100を越える土坑墓があり,300をこえる人骨が発見されています。副葬品として,鉄剣・鉄刀・鉄鏃があり,蛇行鉄剣も出土しています。また,枕崎市の松之尾(まつのお)遺跡でも土坑墓が30基あまり確認されており,鉄鏃・刀子(とうす)・刀が副葬品として出土しています。
錦江湾沿岸部では霧島市に亀ノ甲(かめのこう)遺跡の土坑墓があり,副葬品として環頭大刀(かんとうたち)・鉄鏃・刀子が副葬品として出土しています。 -
横岡地下式板石積石室墓群
(川内市)
7号墓の副葬品(写真と実測図)左
1 長刀
2 小刀
3 短刀
4 短剣
5 蛇行鉄剣
右
1 三本の鉄鏃
2 四本の鉄鏃と一本の刀子
横岡地下式板石積石室墓群
(川内市)
5号墓の副葬品 - 今回紹介した地下式横穴墓や地下式板石積石室墓は,竪穴を深く掘ったうえに更に横穴を掘ったり石で石室を造ったりする墓です。これは大変手間のかかることであり,労力を要することです。なぜ労力を要する墓を造ったのでしょうか。また,高塚墳と南九州独特の墓が共存することは何を意味するのでしょう。さらに,南九州独特の墓が高塚墳と比べても引けを取らない副葬品をもっているということについてはどうでしょうか。
高塚墳は大和朝廷から派遣された者の墓,地下式横穴墓などは南九州在住民族の墓というように決められていたのでしょうか。それとも,大和朝廷との関係の違いによるものでしょうか。まだ,解明されていないことはたくさんあります。
みなさん,それぞれに思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。 - 用語解説
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副葬品 遺体の埋葬にあたり死者に副えて置いた品。 鉄剣 鉄製の両刃の武具。 鉄鏃 矢の先端に装着し突き刺すための鉄製の武具。矢尻ともいう。 刀子 ナイフ・こがたなのこと。 蛇行鉄剣 剣身部をゆるくS字形に蛇行させた剣形鉄器。 金環 環状の耳飾りのなかで,金製または青銅に金メッキを施したもの。 冑 頭部を防御するための鉄製の武具。 短甲 胴部分のみを防御するための鉄製の甲(よろい)。 衝角付冑 前面が衝角(船のへさき)に似た冑。 組合せ石棺 底・壁などの各部分を石で組み合わせてつくった棺。 環頭大刀 つか(手で握るところ)の先が環状になっている大きな刀。 - (文責)溝口 学