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投稿者: 管理人

名主原遺跡現地公開

終了しました
主要地方道鹿屋吾平佐多線(吾平道路)改築事業に伴い発掘調査を実施している名主原(みょうずばる)遺跡(鹿屋市吾平町下名)で,現地公開を行います。
遺跡では,弥生時代の終わり頃から古墳時代前半にかけての多数の竪穴建物や遺物が見つかりました。当時,肝属川支流の大姶良川と姶良川に挟まれた台地上に大きな集落があったと考えられます。
開催場所
名主原遺跡(鹿屋市吾平町下名)
開催日時
令和6年8月27日(火) 午前10時から正午
開催内容
遺跡の概要説明,主な出土品の展示見学
(クリックで拡大します)

見事に復元された土器(川骨遺跡:薩摩川内市)

川骨遺跡の発掘調査では,弥生時代後期後半から古墳時代初頭にかけての土器集中遺構が13か所見つかりました。

土器はそこに集めて割ったのか,ばらばらの状態で見つかりましたが,その多くをもとの形に復元することができました。

接合・復元した職員の努力の成果が見て取れます。

土器集中出土の様子(一部)
復元された土器

 

「かつてその先は・・・」(天保山砲台跡:鹿児島市)

天保山砲台は,嘉永3(1850)年に築かれました。文久3(1863)年の薩英戦争では,この砲台が火ぶたを切りました。
埋蔵文化財センターでは,2011年に,多くのトレンチ(試掘坑)を設定して発掘調査を行いました。
その中の一つから,「荷揚場」の石畳が見つかりました。
石畳の先は,現在埋め立てられて駐車場になっていますが,かつては甲突川河口でした。ここから様々な品物が届けられていたのでしょう。

【何を作っていたのかな? 中世の畑の跡(狩俣遺跡:曽於市大隅町)】

狩俣遺跡において,古代から近世にかけての畑の畝(うね)跡が多く見つかりました。

写真で掘り込まれている部分が,畝と畝の間です。畝部については,後世において削平されたり,押しつぶされたりしたのか,確認できませんでした。どのような作物を育てていたのでしょうか?

利用申込び資料等貸出について

当センターの利用申込び資料等貸出について,より適切な対応・処理のために,事前に電話等による連絡・相談をしてくださるようお願いします。各申請書を提出されてから,貸出事務等が終了するまでに1週間程度を要します。余裕を持ってお申し込みください。

詳しくは下記のページをご覧ください。

利用申込書及び資料等貸出申請書