弥生時代のお墓4(永吉天神段遺跡:大崎町)
古代池のハスが咲きました
古代池のハスがようやく咲きました。調べてみると午前中の4日間ほどしか,咲かないようです。
弥生時代のお墓3(永吉天神段遺跡:大崎町)
土坑墓20号は,隅丸長方形の平面形で,広く浅い形状をした土坑墓です。一部,削平されていますが,長軸 2.5 m,短軸 1.5 m,深さ 0.4 mの大きさがあります。
鉄鏃3点,磨製石鏃4点,管玉1点が出土しています。隣接する土坑墓19号からも,鉄鏃が出土しています。
この隣接する2基のみに,鉄鏃が出土しています。戦いで亡くなった2人の戦士? 親と子? 夫婦? など,色々想像が膨らみます。
『公益財団法人鹿児島県文化振興財団 埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書』(27)「永吉天神段遺跡5 第2地点-3」(第3分冊)
https://www.jomon-no-mori.jp/wp-content/uploads/2020/04/H46001-3-0027-3.pdf
先生のための考古学講座申込について (申込期間7月2日(火)~7月19日(金))
夏休み(8月8日(木)・8月9日(金))に,郷土の文化財を活用した授業等の指導力向上を目的とした,「先生のための考古学講座」を実施します。
鹿児島県内の教職員が対象となります。
先生方で考古学や遺跡に興味がある方は,県立埋蔵文化財センターや,上野原縄文の森で研修を受けてみませんか?
1 実施日 8月8日(木)・8月9日(金) どちらか1日でも可
2 場所 県立埋蔵文化財センター,上野原縄文の森
3 日程等 別紙(日程・申し込み用紙)参照
4 受講対象者 県内の教職員
5 申込方法 別紙(日程・申し込み用紙)を記入してFAXのみ受付
(上野原縄文の森 FAX0995-48-5704)
6 申込期間 7月2日(火)~7月19日(金) 定員になり次第締切
7 定員 20名
8 日程・申し込み用紙 こちらから ☆印刷して,お使いください。
弥生時代のお墓2(永吉天神段遺跡:大崎町)
永吉天神段遺跡では,様々な形のお墓が発見されています。土坑墓2号は,隅丸長方形の平面形で,広く浅い土坑墓です。
長軸 2.5 m,短軸 1.4 m,検出面からの深さは浅く 0.3 mです。
土坑短辺にあ たる西壁と東壁の際には溝状の掘り込みも1条ずつあり,この溝状 掘り込みについては,木棺墓の小口板の痕跡の可能性があります。
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ハスの蕾を見つけました!
古代池でハスの蕾を見つけました
そろそろ開花でしょうか
咲くのが楽しみです😊!
※古代池のそばは、雨の影響でぬかるんでいます足元にお気をつけて散策してくださいね
※以前の開花の様子や場所はこちらをご覧下さい
弥生時代の墓~周溝墓~(永吉天神段遺跡:大崎町)
弥生時代中期(約2,200~2,000年前)の墓です。墓穴の周囲に溝をめぐらせています。
墓穴の部分は2段掘りの構造で,1段目は隅丸長方形で浅くて広いです。2段目は平面が長方形で,狭くて深いです。まわりの溝の規模は,8.6×8.2m(平均底幅104㎝)です。
遺跡では,弥生時代の墓が25基ほど発見されていますが,この周溝墓4号は位置や規模から,それらの中心的な墓の可能性があります。
『公益財団法人鹿児島県文化振興財団 埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書』(27)「永吉天神段遺跡5 第2地点-3」(第3分冊)
https://www.jomon-no-mori.jp/wp-content/uploads/2020/04/H46001-3-0027-3.pdf
石切場跡(虎居城跡:さつま町)
虎居城跡では石切場の跡が3か所発見されました。
約11万年前の加久藤火砕流堆積物である溶結凝灰岩を,縦方向に階段状に切り出しています。
石を割るためのくさび「矢」の痕跡も明瞭に残されています。城跡からこの石材を使った石製品が出土していないことから,切り出された石は,川内川から運ばれ,別の場所で製品化されたものと考えられています。
城の時期でなく,18~20世紀前半ぐらいに石切場として,活用されていたようです。
『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(162)「虎居城跡」
https://www.jomon-no-mori.jp/old/pdf_data/H46001-2-0162.pdf
ナスビ形の鍬(南下遺跡:南さつま市)
南下遺跡からは,古墳時代(3~5世紀ぐらい)の木製の鍬と柄が出土しています。
鍬はナスビ形といわれ,直に柄に鍬の刃を装着できるようにしています。平鍬と二叉が出土しています。境川対岸の中津野遺跡からは,弥生時代の鍬が出土しています。
昔からこの地域は,米作りが盛んだったのでしょうか?
『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(157)「南下遺跡」
https://www.jomon-no-mori.jp/old/pdf_data/H46001-2-0157.pdf
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色々な痕が残る土器の底(中津野遺跡:南さつま市)
縄文時代後期(約4,000年前)の土器の底です。土器製作時に底に敷いた物の痕跡です。
1795は,植物を編んだ網代編み(網代底),1817は葉っぱの圧痕が残る底部で,オオタニワタリの葉を利用していることが判明しています。
1828は底面の周縁部にごく小さなくぼみがまとまって見られるもので,クジラの脊椎骨の痕の可能性があります。
色々な敷物を使い土器を製作していたようすがわかると共に,当時の編物の技術も知ることができます。
https://www.jomon-no-mori.jp/wp-content/uploads/2022/04/H46001-2-0217-1.pdf
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