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カテゴリー: 鹿児島県立埋蔵文化財センター

定説を覆した? 紀伊産土師質釜(永吉天神段遺跡:大崎町)

鎌倉時代の紀伊(今の和歌山県)産土師質釜の出土の南限は,上ノ村遺跡(高知県土佐市新居)でしたが,永吉天神段遺跡の出土品は,国内の南限を新たに塗り替えるものになりました。

さらに,紀伊型釜は広域流通品ではないとされていますが,なぜか遠く離れた鹿児島の大崎町で出土しています。

『公益財団法人鹿児島県文化振興財団 埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書』(17) 「永吉天神段遺跡3 第2地点-2」
掲載番号393

 

紀伊産土師質釜(破片)

令和6年度二子塚B遺跡遺跡(大崎町)会計年度任用職員(文化財発掘調査補助員)募集について

埋蔵文化財センターでは,令和6年度会計年度任用職員(文化財発掘調査補助員)を募集します。

詳しくは,下記募集要項をご確認ください。

令和6年度会計年度任用職員(文化財発掘調査補助員)募集要項

台付の壺形土器(南摺ヶ浜遺跡:指宿市十二町)

古墳時代の土器で,壺の部分はソロバン(の珠)形の胴部を呈し,屈曲部分には幅広の突帯を施しています。

台の部分には対に4カ所の透(すかし)を施しています。「台付注口壺」と同じような器形をしています。

『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(144) 「南摺ヶ浜遺跡」 

 

免田式土器(南摺ヶ浜(みなみすりがはま)遺跡:指宿市十二町)

古墳時代の土器です。頸部(くびれ)下に多条の沈線と縦位の刻みし,特徴的なソロバン(の珠)形の胴部に,重弧文を施しています。

沈線の部分に目をやると,目が回りそうになるくらい丁寧に線が施されています。

お墓へ供献されたとものと考えられており,底に近い部分に穴が開けられています。

『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(144) 「南摺ヶ浜遺跡」 

 

数字が刻まれた青磁碗(里町遺跡:伊佐市大口)

8世紀末~9世紀中ごろに作られた,中国の江南地方の越州窯系青磁碗です。

外面には刻書があります。この時期に記銘があるものは少なく,貴重な資料です。

刻書は「七月」と「●時」の文字が刻まれています。作った日時を記したのでしょうか?

『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(191)「里町遺跡」

軽石製品(中津野遺跡:南さつま市金峰町)

縄文時代後期(約4,000年前)の軽石製品です。鹿児島県では,この時代にたくさんの軽石製品がつくられます。中津野遺跡でも,たくさんの軽石製品が出土しました。

これは穴を4か所あけています。なんとなくオカリナのような形に見えませんか? どのように使っていたのでしょう。

『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(217)「中津野遺跡 低地部・低湿地部編」第1分冊,第2分冊第3分冊

ワクワク考古楽出前授業(薩摩川内市立鹿島小学校)

2月9日(金),薩摩川内市立鹿島小学校の5・6年生に,ワクワク考古楽出前授業を実施しました。

授業では,甑島を代表する二つの遺跡,「中町馬場遺跡」と「大原・宮薗遺跡」について紹介しました。

中町馬場遺跡は上甑島の里にあります。発掘調査や地質研究の成果をもとに,山から流れる土砂と海の沿岸流の作用により,土砂が堆積して里の平地ができたことを伝えました。中町馬場遺跡では,弥生時代・古墳時代の貝溜まりや人骨,多量の貝や動物・魚などの骨が出土したことや,発掘調査に当時の里小学校の児童が直接参加したことなど紹介しました。

次に,鹿島小学校と同じ下甑島の南端の手打集落にある大原・宮薗遺跡の発掘調査成果を紹介しました。弥生時代の壺棺から,幼児の人骨が出土したことなど,中町馬場遺跡同様に重要な遺跡であることを説明しました。

また,中町馬場遺跡出土の人骨や動物の骨,魚骨,大原・宮薗遺跡出土の土器などを実際に見てもらい,触感や重さを実感してもらいました。

そのあとは,全学年の子どもたちに,火起こし体験を挑戦してもらいました。

まず始めに,道具やその使い方を説明し,子どもたち同士ペアになって火起こしをしてもらいました。火が着いたときは,喜んでいました。

子どもたちは授業中,目を輝かせながら,大きくうなずきながら,説明を聞いてくれました。この授業を通して,甑島の歴史についてさらに興味をもち,郷土理解を深めてくれたと感じることでした。

甑島の遺跡を紹介

発掘調査で分かったことを説明

遺物を展示して紹介

火起こしの説明

友達と一緒に火起こしに挑戦

器台状土器(中津野遺跡:南さつま市金峰町)

縄文時代後期(約4,000年前)の器台状の土器です。指宿式土器ですが,この二つの土器は,胎土・色調・焼成等から,本来は同一個体(一つの土器)だったと考えられます。

外側に文様が巡る,かなり装飾性の高い土器です。何かを乗せたり,真ん中の穴に何かを挿したりして使っていたのでしょうか。

みなさんは,どのように使っていたと思いますか?

『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(217)「中津野遺跡 低地部・低湿地部編」第1分冊,第2分冊第3分冊

舷側板part2(中津野遺跡:南さつま市金峰町)

以前紹介した,弥生時代前期後半(約2,500年前)の船の部材(準構造船の舷側板)の一部を,拡大して映したものです。磨製石斧などの石器を使って穴をあけた痕跡が,はっきりわかります。幅がわずか2~3cmほどの石器で,穴をあけるのは,とても大変だったと思います。当時の人々の苦労の痕跡が見て取れます。

『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(217)「中津野遺跡 低地部・低湿地部編」第1分冊,第2分冊第3分冊

穴部分拡大

穴部分拡大

舷側版

 

 

 

轟B式土器(牧山遺跡:鹿屋市)

縄文時代前期の土器です。口縁が一部欠けていますが,完形の土器です。

土器の厚さが大変薄くて,丁寧なつくりです。口縁部と胴部の破片が出たら別の土器にしそうです。

『公益財団法人鹿児島県文化振興財団埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書』(44)「牧山遺跡3(縄文時代前期以降編)」第1分冊第2分冊