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カテゴリー: 鹿児島県立埋蔵文化財センター

西南戦争 堡塁(ほうるい)跡(高熊山激戦地跡:伊佐市)

西南戦争では尾根や山頂に,政府軍も西郷軍も堡塁を築きました。堡塁とは,敵の攻撃から身を守って,攻撃をするための防御施設です。写真の堡塁は,全長 10,8m,最大幅 7mで,人が攻撃から隠れる胸壁(きょうへき)という壁は厚さ2,3m程度あります。高熊山では,最大級の大きさで,小隊長などの指揮者が陣取ったものかもしれません。

多くの柱穴がある竪穴建物跡跡(永吉天神段遺跡:大崎町)

弥生時代中期(約2,200~2,000年前)の竪穴建物跡です。この建物跡の特徴は,総数36本の柱穴で,北壁側に31本がほぼ3列に並び,浅いものがほとんどです。

建物内の2/3に,こんなに多くの柱があったら,暮らすのに邪魔では? と心配になります。住居でなく,別の目的の建物かも知れません。

『公益財団法人鹿児島県文化振興財団 埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書』(27)「永吉天神段遺跡5 第2地点-3」(第1分冊)
『公益財団法人鹿児島県文化振興財団 埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書』(27)「永吉天神段遺跡5 第2地点-3」(第2分冊)
『公益財団法人鹿児島県文化振興財団 埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書』(27)「永吉天神段遺跡5 第2地点-3」(第3分冊)

西南戦争 銃弾の跡?(高熊山激戦地跡:伊佐市)

高熊山は西郷軍が守備した陣地です。頂上の岩には,政府軍の銃弾跡と考えられる穴が残っています。

本当に銃弾跡か疑問の声もありましたが,政府軍が攻めてきた方向に弾痕跡とされる穴が多く,裏側は少ないことが判明しました。

穴は銃弾跡の可能性が高いと考えられます。

『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(210)「滝ノ上火薬製造所跡・高熊山激戦地跡・チシャケ迫堡塁跡群・岩川官軍墓地」

弾痕跡が多く残る面

裏側

横穴のある竪穴建物跡(永吉天神段遺跡:大崎町)

弥生時代中期(約2,200~2,000年前)の竪穴建物跡です。壁に横穴(縦約 20㎝×横約30㎝,奥行約25㎝)が掘られていました。

中から何が出てくるかドキドキしながら調査しましたが,何も出てきませんでした。何を入れていたのでしょうか。

永吉天神段遺跡

『公益財団法人鹿児島県文化振興財団 埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書』(27)「永吉天神段遺跡5 第2地点-3」(第1分冊)
『公益財団法人鹿児島県文化振興財団 埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書』(27)「永吉天神段遺跡5 第2地点-3」(第2分冊)
『公益財団法人鹿児島県文化振興財団 埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書』(27)「永吉天神段遺跡5 第2地点-3」(第3分冊)

弥生時代竪穴建物跡31号

建物内横穴

「土師器・充実高台椀」(石坂遺跡:日置市)

素焼きの椀です。底部は,輪状でなく柱状の高台(充実高台)になっていて,ちょっと丸みを帯びたプロポーションも特徴です。

平安時代の10世紀初頭頃のものと考えられ,当時の「薩摩の土器」とも呼ばれています。

井戸状遺構の一角から,全く欠けていない2点が出土しました。井戸の祭祀があったのでしょう。