鹿児島県上野原縄文の森 (公財) 鹿児島県文化振興財団上野原縄文の森 埋蔵文化財情報データベース 鹿児島県立埋蔵文化財センター (公財) 鹿児島県文化振興財団埋蔵文化財調査センター
MENU

鹿児島県立埋蔵文化財センター

鹿児島県上野原縄文の森 HOME 公財 鹿児島県文化振興財団鹿児島県上野原縄文の森 埋蔵文化財情報データベース 鹿児島県立埋蔵文化財センター 公財 鹿児島県文化振興財団埋蔵文化財調査センター

カテゴリー: 鹿児島県立埋蔵文化財センター

石切場跡(虎居城跡:さつま町)

虎居城跡では石切場の跡が3か所発見されました。

約11万年前の加久藤火砕流堆積物である溶結凝灰岩を,縦方向に階段状に切り出しています。

石を割るためのくさび「矢」の痕跡も明瞭に残されています。城跡からこの石材を使った石製品が出土していないことから,切り出された石は,川内川から運ばれ,別の場所で製品化されたものと考えられています。

城の時期でなく,18~20世紀前半ぐらいに石切場として,活用されていたようです。

『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(162)「虎居城跡」
 https://www.jomon-no-mori.jp/old/pdf_data/H46001-2-0162.pdf

石切場

矢の痕跡

 

ナスビ形の鍬(南下遺跡:南さつま市)

南下遺跡からは,古墳時代(3~5世紀ぐらい)の木製の鍬と柄が出土しています。

鍬はナスビ形といわれ,直に柄に鍬の刃を装着できるようにしています。平鍬と二叉が出土しています。境川対岸の中津野遺跡からは,弥生時代の鍬が出土しています。

昔からこの地域は,米作りが盛んだったのでしょうか?

『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(157)「南下遺跡」
https://www.jomon-no-mori.jp/old/pdf_data/H46001-2-0157.pdf

色々な痕が残る土器の底(中津野遺跡:南さつま市)

縄文時代後期(約4,000年前)の土器の底です。土器製作時に底に敷いた物の痕跡です。

1795は,植物を編んだ網代編み(網代底),1817は葉っぱの圧痕が残る底部で,オオタニワタリの葉を利用していることが判明しています。

1828は底面の周縁部にごく小さなくぼみがまとまって見られるもので,クジラの脊椎骨の痕の可能性があります。

色々な敷物を使い土器を製作していたようすがわかると共に,当時の編物の技術も知ることができます。

『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(217)「中津野遺跡 低地部・低湿地部編」第1分冊
https://www.jomon-no-mori.jp/wp-content/uploads/2022/04/H46001-2-0217-1.pdf
第3分冊

弥生時代の鍬や鋤(中津野遺跡:南さつま市)

中津野遺跡では,弥生時代(約2,500~2,200年前)の鋤(すき)や鍬(くわ)などの木製品が出土しました。

木の種類は,874・875はイスノキ,869・870・871・872はコナラ属アカガシ亜属との分析結果が出ています。どちらの木も,木刀などに使用される非常に固い材質です。

石包丁も出土していることから,稲作を行っていたと考えられます。超早場米の産地南さつま市金峰町では,弥生時代から米作りをしていたことがわかりました。

『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(217)「中津野遺跡 低地部・低湿地部編」第1分冊
https://www.jomon-no-mori.jp/wp-content/uploads/2022/04/H46001-2-0217-1.pdf
第3分冊

 

【ワクワク考古楽出前授業IN鹿児島市立伊敷小学校】

5月29日(水),鹿児島市立伊敷小学校で「ワクワク考古楽」(出前授業)を実施しました。今回は,縄文時代について学習しました。

子どもたちは,実際に遺跡から出土した土器や石器に触れながら,土器の文様の作り方や,土器・石器の使い方などについて意見を出し合いました。土器や石器に触れる際,両手で大事そうに扱いながら楽しく話し合う様子が印象的でした。

今回の授業を通して,子どもたちが縄文時代のくらしについて思いを巡らせ,今後の学習に意欲的に取り組んでいくためのきっかけになれば,大変ありがたいことだと思います。

また今回は,縄文の森の「お出かけ探検隊」と合同での実施で,「勾玉づくり」を体験しました。一生懸命命勾玉づくりに取り組んだり,完成した作品を友達同士見せ合ったりしていました。

 

ワクワク考古楽出前授業IN志布志市立尾野見小学校

令和6年5月31日に,志布志市立尾野見小学校でワクワク考古楽(出前授業)を実施しました。今回は「地域の歴史や遺跡,文化財について知ろう」という学習目標で,6年生に授業を行いました。

最初に,埋蔵文化財センターの発掘調査の仕事を紹介しました。

次に,鹿児島県で見ることができる火山層について説明し,火山灰から年代がわかることを学習しました。

続いて,学校近くの京ノ峯遺跡や前谷遺跡を紹介しました。学校近くの「志布志市やっちくふれあいセンター」はかつて弥生時代の墓地だったと知り,そこから出土した弥生土器の実物を見たり触れたりすることで,自分たちの身近に遺跡があったことを実感できたようでした。

最後に,縄文土器や弥生土器,石器や黒曜石など実際に触ってもらい,いろいろな土器の文様や厚さが時代とともに変化していくことを学んでもらいました。また,長い年月を経て人々がそこで脈々と生活し,志布志市には多くの遺跡があることも知ってもらいました。

自分たちの郷土の歴史を知ることで,地域を大切にしていくことを学ぶ時間になってもらえればと思います。

志布志にはいくつ遺跡があるかな?

本物の土器に興味津々でした

虎居城跡の石塔(虎居城跡:さつま町)

虎居城跡に,「八女壇(やめだん)」と呼ばれる曲輪があります。

長禄3年(1459年)に城主渋谷氏の息女が船遊びをしていたところ溺れてしまい,付き添いの女中7人とともに亡くなって,場内にあった寺に葬ったという事件があったそうです。「八女壇」の由来も,この事件から来ているようです。

その曲輪に,現在は崩れていますが,石塔があります。石塔には,「宝徳二年 義先仁公座□ 二月 二十二□」と記銘があります。

年代は近いですが,伝承との関わりは現在のところ不明です。

『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(197)「虎居城跡」

おびただしい柱穴(虎居城跡:さつま町)

虎居城跡の「塩の城(しおのじょう)」と呼ばれる曲輪では,柱跡と思われる穴が2,000基あまり見つかっています。

これらは長い年月をかけて,建物の建て直しが何度も行われたためと考えられます。

発掘調査・整理作業において,その穴から,穴の大きさや深さ,並んだ向きや間隔,礎石(柱を支えるため穴の底においた石)の有無を手掛かりにして,掘立柱建物跡8軒(うち礎石を持つ建物跡は4軒)が判明しました。

発掘調査では,このように柱穴から建物跡を想定しなければなりません。この数の柱穴を調べた担当者の苦労が偲ばれます。

『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(162)「虎居城跡」

柱穴

塩の城の位置

 

ワクワク考古楽出前授業IN志布志市立泰野小学校

令和6年5月27日に,志布志市立泰野小学校でワクワク考古楽(出前授業)を実施しました。今回は「泰野の歴史や遺跡について知ろう」という学習目標で,6年生に授業を行いました。

最初に,縄文時代が続いた年数の長さをクイズ形式で紹介しました。子どもたちは縄文時代が一番長く続いた時代であることを知り,驚いていました。

次に,鹿児島を代表する遺跡として,上野原遺跡を紹介しました。

続いて,学校近くの「志布志市やっちくふれあいセンター」は,京ノ峯遺跡という弥生時代の遺跡であり,お墓や弥生時代の土器・石器が見つかっていることを説明しました。

子どもたちは実際に出土した土器や石器を手に取り,感触や重さを確かめていました。

今回の授業を通して,自分たちが住んでいる地域には1万年以上前から人々が暮らしていて,その営みが連綿と続いているということが,理解できたようでした。

発掘調査の様子を紹介しました

器の特徴や用途を説明しました

実際の土器や石器を手に取り,感触を実感することができました

 

中学生職場体験

5月に,国分中学校,国分南中学校,隼人中学校,舞鶴中学校の生徒たちが,埋蔵文化財センターと上野原縄文の森で職場体験を行いました。

生徒たちは,当センターの役割の説明を受け,センター内を見学し,整理作業の様子や出土した土器などを紹介されました。

業務体験では,整理の基礎作業である土器洗い,拓本や資料整理を体験して,生徒たちはどの業務にも一生懸命取り組んでいました。

今回の職場体験を通じて,生徒たちは働くことの意義,楽しさや大変さを学び,将来の進路や目標が明確になったようです。生徒たちの今後の成長に期待しています。

整理作業を見学

保存処理業務を説明しています

収蔵庫で鹿児島県の縄文土器の特徴を紹介

土器洗い体験

拓本体験

資料整理