西南戦争 銃弾の跡?(高熊山激戦地跡:伊佐市)
高熊山は西郷軍が守備した陣地です。頂上の岩には,政府軍の銃弾跡と考えられる穴が残っています。
本当に銃弾跡か疑問の声もありましたが,政府軍が攻めてきた方向に弾痕跡とされる穴が多く,裏側は少ないことが判明しました。
穴は銃弾跡の可能性が高いと考えられます。
『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(210)「滝ノ上火薬製造所跡・高熊山激戦地跡・チシャケ迫堡塁跡群・岩川官軍墓地」
横穴のある竪穴建物跡(永吉天神段遺跡:大崎町)
弥生時代中期(約2,200~2,000年前)の竪穴建物跡です。壁に横穴(縦約 20㎝×横約30㎝,奥行約25㎝)が掘られていました。
中から何が出てくるかドキドキしながら調査しましたが,何も出てきませんでした。何を入れていたのでしょうか。
永吉天神段遺跡
『公益財団法人鹿児島県文化振興財団 埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書』(27)「永吉天神段遺跡5 第2地点-3」(第1分冊)
『公益財団法人鹿児島県文化振興財団 埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書』(27)「永吉天神段遺跡5 第2地点-3」(第2分冊)
『公益財団法人鹿児島県文化振興財団 埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書』(27)「永吉天神段遺跡5 第2地点-3」(第3分冊)
新任式
「謎の土器は仏か?」(北山遺跡:阿久根市)
「土師器・充実高台椀」(石坂遺跡:日置市)
令和5年度離任式
「利用及び資料等の貸出しの手引」の改訂
第二収蔵庫完成
定説を覆した? 紀伊産土師質釜(永吉天神段遺跡:大崎町)
鎌倉時代の紀伊(今の和歌山県)産土師質釜の出土の南限は,上ノ村遺跡(高知県土佐市新居)でしたが,永吉天神段遺跡の出土品は,国内の南限を新たに塗り替えるものになりました。
さらに,紀伊型釜は広域流通品ではないとされていますが,なぜか遠く離れた鹿児島の大崎町で出土しています。
『公益財団法人鹿児島県文化振興財団 埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書』(17) 「永吉天神段遺跡3 第2地点-2」
掲載番号393

台付の壺形土器(南摺ヶ浜遺跡:指宿市十二町)
古墳時代の土器で,壺の部分はソロバン(の珠)形の胴部を呈し,屈曲部分には幅広の突帯を施しています。
台の部分には対に4カ所の透(すかし)を施しています。「台付注口壺」と同じような器形をしています。
『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(144) 「南摺ヶ浜遺跡」



















