令和5年度刊行報告書を公開しました
令和5年度に刊行された8冊の発掘調査報告書のPDFデータを公開しました。
下記のページからご覧ください。
なぞの土器?(永吉天神段遺跡:大崎町)
縄文時代晩期(約2,500年前)の土器と同じ層から出土して,底部には編み布の痕がついていることから,縄文時代晩期の土器と推定されています。
しかし,形や土器に使用されている土も,南九州では類のないものです。
どこからやってきた土器なのでしょうか。
公益財団法人鹿児島県文化振興財団 埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書(8)「永吉天神段遺跡 第1地点」
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【展示館駐車場】5/7~利用について
第69回企画展いよいよはじまりました!
中世の貴婦人のお墓(永吉天神段遺跡・大崎町)
今から約850年前のお墓が見つかりました。中国白磁2つ,羽釜のミニチュア土器,無銘湖州鏡(中国・宋の鏡)が副葬されていました。
喜界島の遺跡などで,女性のお墓から出土している例もあることから,当時この地域でも,身分の高い女性のお墓の可能性があります。
『公益財団法人鹿児島県文化振興財団 埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書』(17)
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編み布の跡が残る縄文時代晩期の土器(永吉天神段遺跡:大崎町)
この土器は,型に粘土を張り付けて作られています。その型から土器を外しやすいように,土器と型の間に布を敷いて作ります。その布の網目の「あと」が土器に残ります。
これらの土器は考古学の世界では,組織痕(そしきこん)土器と呼ばれています。当時の編み布の技術が分かる資料です。
公益財団法人鹿児島県文化振興財団 埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書」(8) 「永吉天神段遺跡 第1地点」
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