「破鏡(破鏡)」本御内遺跡(霧島市)
本御内(もとおさと)遺跡(現在の国分高校)で出土した青銅鏡です。地下水位が高い還元状態で埋蔵されていたため,とても状態が良いです。
「破鏡」といって,北部九州の有力者などが,鏡を分割して周辺や地方の有力者へ,友好の印として分配した物と考えられています。
どのような人物が霧島市国分周辺にいたのか気になる遺物です。
令和7年4月26日(土)~7月6日(日)まで,上野原縄文の森企画展「古代人に学ぶ“MOTTAINAI(もったいない)”」で,展示しています。
『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(12) 「本御内遺跡Ⅰ」(PDF)
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「貝符(かいふ)」屋鈍遺跡(宇検村)
屋鈍遺跡(宇検村)から出土した古墳時代の貝 符です。イモガイ類(アンボンクロザメ・クロフモドキか?)を素材に制作されており,大きさは,高さ1.95㎝,幅4.3㎝,厚さ0.35㎝です。貝の形状が器形によく反映されています。
正面上部には溝を1条入れ,2つの孔をあけています。孔の裏面には「すれ」と思われる痕跡が見られるので,紐をとおしてアクセサリーとして使用したのかもしれません。
出土品は,現在開催中の上野原縄文の森企画展「古代人に学ぶ”MOTTAINAI(もったいない)”」(令和7年4月26日(土)~7月6日(日))で,見ることができます。
『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(143) 「屋鈍遺跡」 (PDF)
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「ヤコウガイを利用した貝斧」屋鈍遺跡(宇検村)
古墳時代のものと考えられる,ヤコウガイの蓋を利用した貝斧(かいふ)です。
ヤコウガイ製の貝斧,敲打具,貝刃とされるものです。その形状から,主に物を削るために使われたと思われます。
この時代の斧は石や鉄で作ることが多いのですが,ヤコウガイの蓋は入手しやすく,手軽に加工できたため使われました。当時の人々が素材を大切にしていたことがわかります。
出土品は,現在開催中の上野原縄文の森企画展「古代人に学ぶ”MOTTAINAI(もったいない)”」(令和7年4月26日(土)~7月6日(日))で,見ることができます。
『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(143) 「屋鈍遺跡」 (PDF)
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「小形仿製鏡」東免遺跡(霧島市隼人町)
弥生時代の小形内行花文鏡(紀元100頃)で,福岡県春日市の須玖遺跡群で鋳造された可能性があります。
青銅鏡の中央には穿孔があり,撚られた紐を通した状態で出土しています。古代の土坑で弥生時代の青銅鏡が出土していることから,数百年に渡り伝世された鏡と考えられます。
古代の人々が穿孔をあけ,紐を通して埋めたものなのか。仮に墓だとしたら,青銅鏡とどのような関係のある人物なのか。いつの時期に,青銅鏡が北部九州から南九州に持ち込まれたのか。様々な謎がある鏡です。
出土品は,現在開催中の上野原縄文の森企画展「古代人に学ぶ“MOTTAINAI(もったいない)”」(令和7年4月26日(土)~7月6日(日))で,見ることができます。
『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(64) 「東免遺跡」「曲迫遺跡」「山神遺跡」
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「色々な滑石製品」芝原遺跡(南さつま市)
滑石という石は,柔らかく加工しやすい石で,保温性もありすべすべした感触をしています。希少な石材で古代末から中世にかけて,広く流通し,石鍋などが作られました。壊れた後も再び加工され,様々な製品に転用されています。
写真は,バレン状滑石製品といって,石鍋の補修に使用されたと考えられています。その他,「温石」と言われる携帯カイロとして利用された滑石製品や,滑石製の石錘(漁で使う網の重り)などに再加工されています。
これらの出土品は,現在開催中の上野原縄文の森企画展「古代人に学ぶ”MOTTAINAI(もったいない)”」(令和7年4月26日(土)~7月6日(日))で,見ることができます。
『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(170)「芝原遺跡3」(PDF)
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「蛇の目釉剥ぎ」(原村遺跡:曽於市)
「蛇紋岩製石斧」(中津野遺跡:南さつま市)
「蛇紋岩」とは,暗緑色から黄緑色の光沢のある岩石で,蛇の皮の模様に似ていることから名付けられました。地学的には蛇紋石を主成分とする岩石を蛇紋岩といいます。硬さはモース硬度で表すと「3」で,10円玉硬貨と同じくらいです。
下の2点は,蛇紋岩で作られた縄文時代の磨製石斧です。蛇紋岩製磨製石斧は,縄文時代早期から晩期まで継続的に出土し,特に後期から晩期にかけて出土量・遺跡数が増えます。分布は鹿児島湾周辺を中心として北薩・南薩に集中する傾向があります。
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「蛇行剣」(南摺ヶ浜遺跡:指宿市)
石造りの排水溝(鹿児島城二之丸跡:鹿児島市)
令和5年度に行った鹿児島城二之丸跡の発掘調査で,排水溝と思われる遺構が見つかりました。直方体に切り出された凝灰岩を平行に並べて組み合わせ,底部には敷石となる石も検出されました。切り石の長さは約2m,高さ約25cmで,溝の幅は約90cmです。
調査区内では他にも水が溜まっていたと思われる溝状遺構が見つかっており,当時の排水技術の手がかりになればと思います。

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全国で4例目! 将棋盤出土(鹿児島城二之丸跡:鹿児島市)
令和5年度に行った鹿児島城二之丸跡の発掘調査で,将棋盤が出土しました。
自然科学分析の結果,17世紀以降の将棋盤と考えられ,発掘調査で見つかったものとしては,全国で4例目になります。
今回出土した将棋盤は,縦横ともに約27cm,厚さ1cmの大きさがあります。表面には9×9のマス目が刻まれており,将棋盤の脚と考えられる部材も一部出土しています。

出土した将棋盤。表面に9×9のマス目の溝が確認できます。
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