ワクワク考古楽出前授業IN鹿児島県歯科医師会
令和6年6月1日(土),鹿児島県歯科医師会雀大学の皆さん18名に,ワクワク考古楽を実施しました。
今回は,昨年度まで取り組んでいた「廃寺は語る! よみがえる鹿児島の仏教文化」事業の成果を中心に講演を行いました。
まず,廃仏毀釈について説明を行った後,令和3~5年度に実施した光台寺跡(指宿市),照信院跡(大崎町),大願寺跡(さつま町)発掘調査の成果について紹介しました。
学生さんたちは,神仏習合を示す遺物で,懸仏(かけぼとけ)の一部である照信院跡から出土した「華瓶(けびょう)」や,諏訪ノ前遺跡(阿久根市)の発掘調査で出土した仏像を手にされると,興味深く見入っておられました。
廃仏毀釈に関心をもっていらっしゃる方も多く,雀大学の皆さんの鹿児島への熱い思いにもふれることができる時間となりました。
|
|
|
|
弥生時代のお墓6(永吉天神段遺跡:大崎町)
弥生時代のお墓5(永吉天神段遺跡:大崎町)
地面を下に向かって掘り込み,その後横方向に掘り込んでいく靴の形のような土坑墓で,「横口式土坑墓」と呼ばれています。
横方向の穴に遺体を安置したと考えられています。
イメージ図では,横の掘り込みを,木蓋や石蓋で閉塞するように描かれていますが,土坑墓6号では,土塊で閉塞した可能性がある痕跡が発見されています。
一方,土坑墓15号ではその痕跡は確認できませんでした。
弥生時代のお墓4(永吉天神段遺跡:大崎町)
弥生時代のお墓3(永吉天神段遺跡:大崎町)
土坑墓20号は,隅丸長方形の平面形で,広く浅い形状をした土坑墓です。一部,削平されていますが,長軸 2.5 m,短軸 1.5 m,深さ 0.4 mの大きさがあります。
鉄鏃3点,磨製石鏃4点,管玉1点が出土しています。隣接する土坑墓19号からも,鉄鏃が出土しています。
この隣接する2基のみに,鉄鏃が出土しています。戦いで亡くなった2人の戦士? 親と子? 夫婦? など,色々想像が膨らみます。
『公益財団法人鹿児島県文化振興財団 埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書』(27)「永吉天神段遺跡5 第2地点-3」(第3分冊)
https://www.jomon-no-mori.jp/wp-content/uploads/2020/04/H46001-3-0027-3.pdf
弥生時代のお墓2(永吉天神段遺跡:大崎町)
永吉天神段遺跡では,様々な形のお墓が発見されています。土坑墓2号は,隅丸長方形の平面形で,広く浅い土坑墓です。
長軸 2.5 m,短軸 1.4 m,検出面からの深さは浅く 0.3 mです。
土坑短辺にあ たる西壁と東壁の際には溝状の掘り込みも1条ずつあり,この溝状 掘り込みについては,木棺墓の小口板の痕跡の可能性があります。
![]() |
弥生時代の墓~周溝墓~(永吉天神段遺跡:大崎町)
弥生時代中期(約2,200~2,000年前)の墓です。墓穴の周囲に溝をめぐらせています。
墓穴の部分は2段掘りの構造で,1段目は隅丸長方形で浅くて広いです。2段目は平面が長方形で,狭くて深いです。まわりの溝の規模は,8.6×8.2m(平均底幅104㎝)です。
遺跡では,弥生時代の墓が25基ほど発見されていますが,この周溝墓4号は位置や規模から,それらの中心的な墓の可能性があります。
『公益財団法人鹿児島県文化振興財団 埋蔵文化財調査センター発掘調査報告書』(27)「永吉天神段遺跡5 第2地点-3」(第3分冊)
https://www.jomon-no-mori.jp/wp-content/uploads/2020/04/H46001-3-0027-3.pdf
永吉天神段遺跡5周溝墓4号-300x211.jpg)
石切場跡(虎居城跡:さつま町)
虎居城跡では石切場の跡が3か所発見されました。
約11万年前の加久藤火砕流堆積物である溶結凝灰岩を,縦方向に階段状に切り出しています。
石を割るためのくさび「矢」の痕跡も明瞭に残されています。城跡からこの石材を使った石製品が出土していないことから,切り出された石は,川内川から運ばれ,別の場所で製品化されたものと考えられています。
城の時期でなく,18~20世紀前半ぐらいに石切場として,活用されていたようです。
『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(162)「虎居城跡」
https://www.jomon-no-mori.jp/old/pdf_data/H46001-2-0162.pdf
ナスビ形の鍬(南下遺跡:南さつま市)
南下遺跡からは,古墳時代(3~5世紀ぐらい)の木製の鍬と柄が出土しています。
鍬はナスビ形といわれ,直に柄に鍬の刃を装着できるようにしています。平鍬と二叉が出土しています。境川対岸の中津野遺跡からは,弥生時代の鍬が出土しています。
昔からこの地域は,米作りが盛んだったのでしょうか?
『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(157)「南下遺跡」
https://www.jomon-no-mori.jp/old/pdf_data/H46001-2-0157.pdf
![]() |
![]() |
色々な痕が残る土器の底(中津野遺跡:南さつま市)
縄文時代後期(約4,000年前)の土器の底です。土器製作時に底に敷いた物の痕跡です。
1795は,植物を編んだ網代編み(網代底),1817は葉っぱの圧痕が残る底部で,オオタニワタリの葉を利用していることが判明しています。
1828は底面の周縁部にごく小さなくぼみがまとまって見られるもので,クジラの脊椎骨の痕の可能性があります。
色々な敷物を使い土器を製作していたようすがわかると共に,当時の編物の技術も知ることができます。
https://www.jomon-no-mori.jp/wp-content/uploads/2022/04/H46001-2-0217-1.pdf
![]() |
![]() |
![]() |


永吉天神段遺跡5-第2地点-3(曽於郡大崎町)縄文晩期・弥生・古墳時代編 第3分冊-1-300x300.jpg)




永吉天神段遺跡5-第2地点-3(曽於郡大崎町)縄文晩期・弥生・古墳時代編 第3分冊-300x210.jpg)













