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投稿者: 管理人

「推しの逸品」総選挙速報0627

(6月26日(金)更新)
【【第75回企画展「推しの逸品~あなたの推しを見つけませんか~」総選挙速報(6月26日時点)】
今週はテレビ中継をきっかけに来園された方も多くいらっしゃいました。
それぞれの推しを選んでいる姿が印象的です。そんな中で、順位にも変化が?

いよいよ、第75回企画展も閉幕まで1週間ほど!

気になる投票は7月5日まで☆

まだまだ、皆様の投票をおまちしています♪

 

西田橋(鹿児島県立図書館ロビー展から)

鹿児島城下と出水筋(西目筋)を結ぶ交通の要所に掛かる橋で、弘化3(1846)年に石橋に架け替えられたアーチ式石橋です。

平成5(1993)年の集中豪雨で被災し、原位置(甲突川)での保存が困難となったため移設・保存されました。

移設に際しては様々な調査が行われ、瓦や陶磁器などが出土しています。これらの中には、家紋が施された薩摩焼などが見られます。

家紋は、白い生地とは異なる粘土を埋め込む象嵌技法で表現されています。花瓶の家紋は、「丸に花菱」、香炉の家紋は、「丸に蔦」と呼ばれるものです。

左岸発掘状況

家紋入り香炉

 

 

「浜町遺跡」(鹿児島県立図書館ロビー展から)

浜町遺跡(鹿児島市浜町)は、現在の石橋記念公園一帯にある遺跡で、石橋移設や公園整備に伴って平成8・9(1996・1997)年に発掘調査が実施されました。
江戸時代の絵図などによると、抱真院や島津山城殿下屋敷などがあったことがわかっており、発掘調査はこれらの史料を参考に実施されました。調査の結果、建物の基礎や上水道施設などの遺構や、陶磁器などの遺物が出土しています。
特に注目される資料として、当時の沖縄から鹿児島へ楊梅(ヤマモモ)がもたらされたことを示す木札があります。

島津山城殿下屋敷建物跡

上水道施設

楊梅(ヤマモモ)がもたらされたことを示す木札

先生のための考古学講座 -鹿児島県内教職員対象-

先生のための考古学講座 8月6日(木)・8月7日(金)

上野原縄文の森の説明や、活用方法、鹿児島の考古学や文化財の授業活用について楽しく学べます。
また、縄文体験や業務体験もできます!!

詳細はこちら→先生のための考古学講座

日程・申込ダウンロード→ PDF             ワード

上野原縄文の森の説明や、活用方法、鹿児島の考古学や文化財の授業活用について楽しく学べます。
また、縄文体験や業務体験もできます!!

申込期間 令和8年6月30日(火)~7月14日(火)
(定員に成り次第締切ります。)
申込方法 メール・FAXでお申し込みください。
(参加申込書①~⑧をご記入の上、メールに申込用紙を添付するか、
FAXで送信してください。鑑・送信票は不要です。申込用紙をダウンロードください。)

定 員  各日 20人 (定員に成り次第締切ります。)

※受講の可否の連絡が、7月31日(金)までにない場合は、上野原縄文の森にお問合せください。

型打ち製品(鹿児島県立図書館ロビー展から)

竪野(冷水)窯跡(鹿児島市冷水町)から出土した白薩摩の一種ですが、その所有者は藩主や上級武士ではなく、将軍家や有力家臣、諸大名などで
あった可能性が指摘されています。

また、江戸の薩摩藩上屋敷で行われた外交行事で使用された可能性もあります。今後の研究成果が期待される資料です。

週末イチオシ!Liveで取り上げて頂きました

上野原縄文の森で~週末イチオシ!Live 6月19日号~の撮影が行われました
ご紹介いただきました#企画展「推しの逸品」は7月5日(日)まで開催中です!
※雨天時と強風時の火おこし体験はできません。予めご了承ください。
↓youtubeに掲載いただきました。スタッフによる企画展の見どころと火おこしの技、ぜひ、ご覧ください😊!

竪野(冷水)窯跡(鹿児島県立図書館ロビー展から)

鹿児島市冷水町にある薩摩焼の窯跡です。窯が開かれたのは、薩摩藩初代藩主である島津家久が鹿児島城に移城した際
の元和6(1620)年頃とされています。

昭和53(1978)年に発掘調査が実施され、窯跡1基と物原2か所が確認されています。

窯は、平面全長14.48mの連房式登窯で、7つの室などで構成されていました。また、物原と呼ばれる場所からは、大量の陶器片や窯道具が出土しています。

この調査は、これまで美術史上で語られることが多かった薩摩焼を考古学上の視点から捉え直すきっかけとなりました。その後、薩摩焼の研究が進み再整理の必要性が高まる中、平成25(2013)年に作業を実施した結果、型打ち製品の様相が明らかとなりました。

発掘調査の様子

物原

 

 

 

「まな板・ダイコン・包丁」(鹿児島県立図書館ロビー展から)

寿国寺跡(鹿児島市武)では、唐草文や山水文などの絵柄に混じって、まな板やダイコン、包丁が描かれた陶磁器が出土しました。
 
特にまな板には四本の脚が描かれており、当時の生活用具の姿を知ることができます。暮らしの様子を伝える貴重な資料です。

 

「寿国寺跡」(鹿児島県立図書館ロビー展から)

寿国時寺跡(鹿児島市武)は、江戸時代中期に建立された黄檗宗の寺院です。九州新幹線鹿児島ルートの建設に伴って平成11・12(1999・2000)年に発掘調査が実施されました。
調査の結果、門前池の一部が発見されました。これは、幕末から明治初期に記された三国名勝図会に描かれた寿国寺や周囲の施設と位置関係などが合致しており、文献の内容が発掘調査で裏付けられた事例として注目されます。
この池の中にある方形石組み遺構の石垣下には、鹿児島城の石垣と同様に、胴木が敷設されており、当時の土木技術を知る上でも貴重な発見となりました。

寿国寺跡近景

発掘調査風景