令和8年度発掘調査・整理作業予定遺跡
令和8年度に発掘調査・整理作業を行う予定の遺跡を公開しました。
以下のページからご覧ください。
令和7年度刊行報告書を公開しました

令和8年度が始まりました!
整理作業用パソコン等の賃貸借業務に係る一般入札について
整理作業用パソコン等の賃貸借業務に係る一般入札を行います。
入札に付する事項
借入れをする物品等の名称及び数量
整理作業用パソコン等の賃貸借一式
借入れをする物品等の特質等
別添仕様書による
設置期限
令和8年6月30日まで
納入場所
鹿児島県立埋蔵文化財センター
( 霧島市国分上野原縄文の森2 番1 号)
借入期間
令和8年7月1日から令和11年6月30日まで
詳細については,下記入札説明書・仕様書を確認してください。
入札説明書(PDF)
入札書及び委任状
パソコンリース仕様書
前畑遺跡(薩摩川内市城上町)出土土器
北陸地方の,縄文時代中期の土器とみられています。
小型で全体の器形はよくわかりません。半円形で横方向の隆起線文には刻みが見られます。また,コの字状に区画された隆起線文の中には格子状のシャープな沈線模様が描かれています。
20世紀の終わり頃に発見されたこの土器が,なぜこの場所で1点だけ見つかったのか?南九州に類例がなく,未だに謎です。
『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(56) 「前畑遺跡」
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「桐紋の瓦」(鹿児島城跡)
鹿児島城跡の発掘調査では,多くの瓦が見つかっています。軒丸瓦,軒平瓦,丸瓦,平瓦,鬼瓦等々。今回はその中から,「桐紋の瓦」(軒丸瓦)を紹介します。
「桐紋」は,桐の花や葉を模した家紋の一種で,特に豊臣秀吉の家紋として知られています。現在NHKで放送中の「豊臣兄弟!」のオープンニングにも出てきます。
見つかった「桐紋の瓦」は四七桐紋(中心に花が7つ,左右に4つ)で,17世紀前半に作られたものです。一般的な「太閤紋」の五七桐紋(中心に花が7つ,左右に5つ)とはやや異なりますが,当時の政治的関係を推測することができます。
『鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書』(205)「鹿児島(鶴丸)城跡」
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「鍛冶屋馬場遺跡(薩摩川内市)出土の刀」
鍛冶屋馬場遺跡で出土した古代の鉄製の刀は,長さ44㎝,幅2㎝,厚さ7mmで,重さは230gあります。
刃の部分だけでなく,柄の部分も多くが金属製となっていいます。また,柄は刀身に対してねじれていて,表面には部分的に木質が残っているところがあります。科学分析を実施したところ,実用に耐えうる製品であることが明らかかになりました。
遺跡内の10世紀中頃の洪水堆積層(Ⅴa層)と中世遺物包含層(Ⅳa層)の間にある包含層(Ⅳb層)から出土しており,同一層から出土した遺物も10世紀中頃~後半頃のものであることから,刀も同時期のものであると考えられます。
日本刀出現以前の平安時代の刀の出土例としては,東日本ではある程度の出土例が知られていますが,西日本では出土例は少なく,希少なものであるといえます。
【エントランスの展示を入れ替えました】
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埋蔵文化財技術講座(調査研究)
令和8年2月5日(木)・6日(金)に,市町村の埋蔵文化財担当職員を対象とした技術講座を開催しました。今回は,文化財調査のための三次元計測の基礎知識や三次元モデルの作成方法,データ活用の技術習得を目的として,独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所の山口欧志氏・坂本匠氏を講師に招き,講義と実習を実施しました。
まず初めに,文化財の三次元計測概説について講義していただきました。なぜ三次元計測を行うのか,何ができるのか,またデータの扱い方や活用方法について詳しく説明していただきました。
次に,「RealityScan」を利用した遺構の三次元モデル構築の実技研修を行いました。参加者は説明を聞きながら,サンプルデータから遺構の三次元モデル作成について学ぶことができました。
二日目は,三次元計測用の遺構写真の撮影方法を学び,それをもとに三次元モデル構築の実践を行いました。
今回参加した各市町村の担当者は,今回の講座を通して三次元計測の基礎や活用について理解を深めることができたようです。今後の発掘調査や整理作業で活用されることを期待しています。
【参加者の感想】
- 興味のあるテーマで大変勉強になった。
- ソフトの操作は難しかったが,配布資料と見比べて慣れることができた。
- 基礎知識不足で難しかったが,丁寧な説明のおかげでよくわかった。
- パソコンやカメラなどの機材準備からソフトの仕様など,超えるべきハードルが多いと感じた。
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「薩摩国府跡(薩摩川内市)出土の墨書戯画土器」(古代)
薩摩国府跡で出土した墨書戯画土器は,瓦が集積された中から出土したもので,土師器の底部の内外面に墨書きで絵や文字が描かれていました。
内面には,左側には笑顔で胸部を露出して戯れ舞っているとみられる人と,右側にはそれを眺める女性が描かれ,左側には「はか」とみられる仮名文字を見ることができます。
外面には,右側には扇子をもって中腰で烏帽子をかぶる人と,左側には「みずら」という髪型の人が描かれています。この当時,「みずら」は高貴な未成人男性の髪型であるため,それを見たことのある人物が描いたものと考えられます。
これらは,一筆でさりげなく描かれており,絵巻物に見られるような特徴があることから,絵師が描いたものの可能性が考えられます。また,仮名文字も書かれていることから,少なくとも10世紀以降(~11世紀中頃か)のものと考えられます。
当時の服装・髪型などについて,このような描写がなされている墨書土器は全国的にも希少であり,重要なものといえるでしょう。
なお,外面の戯画は,これまで白拍子の様子を描いたものとされてきていましたが,白拍子は12世紀以降のものとされているため,その可能性は高くないと思われます。












